2021年1月17日

インタビュー#11:自分とは一体何か

古典、純文学から哲学、推理小説、SFまで様々な本のレビューをしながら、小説家・シナリオライターとしても活躍されている有沢翔治さん。今回は有沢さんの頭の中を少しだけ覗かせていただきました。

 

話し手:有沢翔治さん

ブログ名:有沢翔治の読書感想日記

ブロガイド内ページ:https://bloguide.net/blog/14759/

 

オリジナルサイト

ブログ:http://blog.livedoor.jp/shoji_arisawa/

個人ページ:http://www5b.biglobe.ne.jp/~detect/

Twitter:https://twitter.com/shoji_arisawa

 

 

知識に誠実でありたい

 

ー本日はよろしくお願い致します。先ずはじめに、有沢さんはどういったキッカケでブログを始められたのでしょうか?

 

アウトプットと自作の宣伝です。

もともと小説が好きで、同人小説やゲームシナリオを書いているんです。著名な作家、例えば京極夏彦などは小説の知識だけでなく、民族学や広い分野の知識を持っています。

もちろん、彼らの足元にも及びません。及ばないのは重々承知なのですが、彼らに少しでも近づきたい。

でもきっと僕が愚鈍なのでしょうね、本を読んだだけではなかなか知識が身につかない。理解できないんです。

試行錯誤の末に辿り着いたのが、ブログにまとめることでした。ブログにまとめれば検索もできますからね。

 

もう一つは自作の宣伝です。ブログのトップページに作品などへのリンクを貼ったり、読書仲間を増やしたりすれば、そこから作品に興味を持ってくれる人がいるんじゃないかと思ってます。

 

インプットした内容を整理するためにアウトプットしているということでしょうか。ブログの記事を考えるときに心がけていることはありますか?

 

突き詰めれば2つに行き着きます。僕は読書感想文がメインなので、必然的に読書論になってしまうのですが……。

昔の記事はそうでもなく、今も達成できているか自信がありませんが、1つ目はできうるかぎり知識に誠実であるようにしています。

基本は著作、そして著者に可能な限り寄り添うことです。例えば、誤植だと思っても、一度は辞書を引いたり、海外の古典文学なら、原文がないかと探ったりですね。著者の勘違いだと思ったら、どうして勘違いしたのか、その人の勘違いはどこから来るかなどを考えてみる。

 

他には、一次文献や信頼できる情報源を探す。もちろん基本的には図書館で借りていますので、インターネットに頼らざるを得ません。Wikipediaが信頼できるかと言われれば、疑問の余地は残りますが、それでも最低限、Wikipediaとそのリンク先くらいは見るようにしています。そうすることで、表現のストックも増え、創作活動にも反映されるんです。

 

そのためには本を読みながらノートを取っています。一つはアナログ、一つはデジタル。アナログは本を読んでる最中にちょこちょこ、書名、タイトル、出版社とともにキーワードなどをメモしています。

この段階では誤字、脱字があっても構いませんし、漢字が分からなければひらがなでも、英語混じりの日本語でも構いません。乱筆ももちろんOK。僕なんて乱筆もいいところです。大事なことは、本を読んだときの感想を素直にメモすることです。

 

一方、デジタルは調べた語彙、引用、疑問などをメモしています。疑問ですが、読書中に感じたことだけでなく日常生活の疑問などを記録するようにしてます。

 

 

読書ノート

有沢さんの読書ノート

 

 

ー本の内容を理解するだけでなく、著者の思いやバックグラウンドまで理解しようとされているんですね。

 

はい、そうですね。

それで2つ目は、これは創作活動や卒論などにもいえることですが、大まかな流れを決めておきます。

喩えて言うなら、目的地も告げられずにただただ進んでいるようなもの。心身ともに疲れてしまいますし、後どのくらい書けばいいかも解りません。

創作の場合は最悪、結末を決めておくだけでも、未完に終わらずにすみます。

 

ー大まかな流れを先に決めておく…他の仕事にも共通して言えることだと思います。でも書いていると、変わっていくことはありませんか?例えば漫画家の方は「登場人物が勝手に動き出す」なんて言ったりもしますが。

 

ありますね。そうした時は素直に方向性を変えることもあります。

 

 

ーブログをやっていて印象深いエピソードがあれば教えてください。

 

心掛けていることとも関わってくるのですが、最初、記憶に頼ってレビューを書いてたんです。そしたら、京極夏彦『狂骨の夢』の感想文で登場人物がちぐはぐになってたのを、読者に指摘されまして、お恥ずかしい限りですが、それ以降は読み返すようになりました。

あの頃より、少しはまともな記事になっていると信じたいですね(笑)。

 

 

ブログは世界の捉え方

 

ーブログ文化の将来展望について、思うところはありますか?

 

ブログは良くも悪くも個人の主観を大きく反映してます。したがって、政治的・経済的・科学的真実を求めるのであれば、新聞、ルポルタージュ、新書などを読んだほうがはるかに有益です。

 

一方で、人びとの「生の声」を知りたいのであれば、ブログは有用です。

例えばアスペルガー症候群、統合失調症、高次脳機能障害について知ろうと思った時、脳神経医学からの見知や本ももちろん重要なのですが、あくまでも科学的な説明にすぎません。

当事者を理解するには、彼ら/彼女らがどのように見えているか、大げさに言えば世界をどのように認識しているかを知る必要があります。しかし当事者でなければ語ることはできません。その人たちの気持ちに少しでも近付いて、寄り添う上で、ブログは役立つと思っています。

 

また「障碍者」だけではありません。昨今、話題になっているLGBTなどの当事者の心境を理解する上で、ブログは役立ちます。

人によっては、気色が悪い、関わり合いたくないと思うかもしれませんし、もちろんブログなどに書いていただいても構わない、と僕は思っています。でもその際にできれば、自分の内面と真摯に、誠実に向き合ってほしいですね。

書いていくうちに自分の偏見に気付く人が一人でも増えてくれればと思います。

 

ー確かに他のメディアや媒体に比べると、ブログの方がより主観性が強いかもしれません。Instagramなど他のSNSと比べるといかがでしょうか?

 

ブログはしっかり文章として書くので、より論理的だと思います。論理構成を保つという観点ではブログは優れていると思います。

 

ー仰る通りですね。でも一方で、現代の人たちは「読むことやコンテンツを消費することに時間をかけられない」という声も聞いたことがあります。

 

それもその通りだと思います。ただ、日本人は元々日記を書くのが好きですよね。例えば枕草子は今のブログみたいなものだと思います。

求められなくても自分の思いを書いていくという文化は残っていくのではないでしょうか。

 

 

思考の見取図

 

有沢さんの今後のビジョンをお聞かせください。

 

個人としてのビジョンは壮大で、思想の見取図を作ることです。まあ言うだけなら自由ですので(笑)。

それこそシュメールのギルガメッシュ叙事詩から21世紀の哲学者まで。もちろん、僕の凡庸な頭では道半ばにして終わるでしょうが、少しでもこのビジョンに近づきたいですね。

 

僕の関心は移ろいやすいので、そのときに興味があるものを読み散らかしているだけなのですが、今のところはトルストイ『アンナ・カレーニナ』など長編小説、経済史、科学史などに興味を持っています。

僕は自然現象や経済現象などよりも人間自身、ひいては自分自身に興味を持っているので、今のところ人文科学、社会科学などを中心に読んでいます。

 

またブログ以外ですと、同人活動を続けていきます

これは宣伝になってしまって申し訳ないのですが、文芸同人誌『TEN』への投稿のほか、同人ゲームシナリオの公開が確定しています。新人賞への応募は未定なのですが、できれば行ないたいですね。

 

推理小説をメインに書いているのですが、娯楽的な印象が強いでしょう。しかし、推理小説の手法を駆使しながらも何か人間心理を描くことはできないかと奮戦しています。

 

小説全体でいえば、純文学は意味不明という印象を持っているかもしれませんし、事実、技巧的な文章がもてはやされた時期もありました。もちろんそのような文章も面白いのですが、物語性で勝負しなければ、受け入れられないと思っています。

そのような物語を書いていくことが創作のビジョン、と言いつつも文体などの技巧しか生き残る道はないのかと、悩みもします。

表現は難しいですね!

 

ー思想の見取り図…本当に人の思想マップみたいなものがテキストではなく絵やイメージなどITツールみたいなもので見れたら面白そうですね。創作活動については敢えて同人がいいのでしょうか?企業のお仕事等にご興味は?

 

過去2度ほど企業のお仕事をしたことはありますが、企画から製本、配布まで一貫して携われる同人活動の方がやはり楽しいですね。本が出来ていく過程を目の前で学ぶことも出来ますので。

 

 

ー今後の参考として、ブログをレビューで評価するということについて、ご意見を伺えるとありがたいのですが…。

 

僕はブログを参考にすることは少ないのですが、その上で聞いていただければと思います。

価値の尺度は人それぞれなので採点基準がばらばら。したがって抽象的な数字にしてしまうと、どこが減点で低評価、あるいは高評価だったのかが解りません。

したがってレビューのほうがまだ透明性があるのでしょうけど、思い込みや自分の価値観だけで評価する人が多いので、あまり当てにしていません。

 

僕がブログを評価するとしたら、最低限、引用・出典は明記してあるかを軸に据えると思います。もっといえば、どうしてその解釈、結論に至ったのかを丁寧に示してあること。

 

また、他の文献などとも突き合わせて、事実関係の整合性が取れているかなどを確認します。もちろん反対意見・反論なども明記されていれば最高なんですけど、ブログにそこまで望むのは酷。

もちろん、ブログだけでなく解説書などでも当てはまります。

 

ーなるほど。でもそれが面白さと必ずしも一致はしないところが悩ましいですよね。エンターテイメントとして捉えるか、知識を得るソースとして捉えるかにも依る気がします。もっと言うと、受け取る側にも理解と節度が求められているのかもしれませんね。

 

そうですね、それは同感です。

 

 

ー最後に、有沢さんにとって ブログとは、またSNSとは何でしょうか?

 

ブログに関していえば、アウトプットの場ですね。

先も申し上げたように、少なくとも僕はアウトプットしなければ思考がまとまりません。読書会などにも参加していたのですが、コロナの影響で自粛しています。

 

また思考の記録にも役立っています。本当に文字は人類の叡智と言っても過言ではありません。書いているうちに、不思議と集中し始め、いつの間にか書き終わっている、そんな不思議な存在です。

ただし記録と同時に覚えようとする意志を奪ってしまうのが難点ですが。書いたんだし、読み返せばいい、とつい甘えてしまうんですね。

 

SNSに関して言えば、雑談の場ですね。雑談と言っても侮ることはできません。全く知らない知識を教えてくれることもあるんです。

人や物の名前だけでも知っていれば、今はインターネットを使えばある程度の情報が得られますが、全く知らないものに関しては調べようがありません。言葉は密接に物と結びついているので、物の名前を知らなければ、そもそも調べようがない。

もっと実利的な面で言えば、雑談から同人ゲームの企画に発展することもあります。

 

またSNS上には、よくも悪くも、色んな人間がいることに改めて驚かされます。哲学書に興味がある高校生、アルベール・カミュが好きな高校生、「障碍者」だけの会社を設立しようとしている人……。もちろん、ただただ甘えるだけの人がいるのも事実なので、その場合は遠慮なく突き放します。

 

小説の登場人物としても参考になります。人間観察は物語を書く上で欠かせないと思うのですが、どうしても日常で会えるのは限りがありますし、同じ価値観の人に偏ってしまいます。

精神衛生上はそのほうがいいかもしれませんが、物語の登場人物を書き分けるには不向きでしょう。

したがってSNSを人間観察の場として活用しています。

 

ー常にインプットとアウトプットを意識されているんですね、見習いたいです。本日はありがとうございました。